拝啓
初めてお手紙をさし上げます。できれば当方からの接触は避けたかったのですが、お忙しいご様子、また私もそちらにうかがう暇がありませんので、一度だけお手紙を書かせていただきます。
私は貴校のX先生の担当医です。彼は平成20年10月24日以来、私のクリニックに通院しています。今回平成21年10月1日付で、3カ月の自宅静養の診断書を出しましたが、その後2,3度通院された経過は芳しいものではありません。大分休めて、うつは楽になったかと思いきや、少しも楽にならない、気力が湧かず、何にも興味が持てない、何をしてよいかわからないが、仕事になると、また休みそう、といった状態です。そして、しばしば罪悪感、罪責感を訴えます。何に対してか、はっきりわからない罪責感です。現在、うつに対する薬は3種類使っており、以前は効いた時期もあり、これ以上の薬物療法が問題解決をもたらすという見通しも立ちません。このままでは3カ月後も変わりなく、休養の延長→退職といった最悪の事態にもなりかねません。そして、この困った事態から脱出するのに、もしかすると校長先生のお力が役に立つのではないかと推測するのです。
これまでの経緯から見て、私はX先生の罪責感は校長先生に対する罪責感ではないかと疑っています。 うつ病者に「がんばれ」と言ってはならないということをお聞きになったことがあると思います。これは昔、医師国家試験にも出題された有名な定理で、要するに、うつ病者は超真面目な人たちで、人に言われなくとも、目一杯がんばっているから、さらにはげますのは、彼らを追いつめることになるからということのようです。しかし、私はこの定理には疑問を持っています。「はげます」にも色々なニュアンスがあると思うからです。そして、この定理は、「うつ病者を追いつめてはならない」と言い換えるべきだと思います。
さて、X先生は優秀な人です。勤勉で真面目で、責任感が強く、倫理観も鋭敏、まさに典型的なうつ病者の性格です。休養のやむ無きに至ったことで、だれよりも自分を責め、苦しんでいます。
そこで校長先生にお願いしたいことは、今後、管理者としての立場を一旦棚上げし、苦しんでいるご本人の位置にまで降りて、親身になって本人を支えるような態度をとっていただきたいということです。わずかでも非難がましい発言、見せしめ的な発言は、このノミの心臓の持主には、大いにこたえるのです。 本年5月18日の事件について、X先生の奥様からお聞きになりましたか。彼は5月8日、貴校に転勤後ほとんど初めて校長先生と話したが、急な休みは認めないと言われたと大いに落ち込んでおり、5月15日には自殺を考えたと言っていましたが、この18日、本当にタオルで首を吊ったのです。幸い、奥様が早く発見し、未遂に終りましたが。
近年ますますうつ病という病気が市民権を得て、どこの職場でも、うつ病の故をもって責めたり非難するといった風潮がなくなってきたのは喜ばしいことです。
最近、ある学校の校長先生についての話を聞いたのですが、この先生は常常、「都合があるときは休んでよろしい、理由は問わない」と言っていたそうです。
以上、先生にはお会いできないので、当事者の一方の話だけ聞いて、お手紙を書きましたが、ここには様々な誤解や歪曲もあることでしょう。しかし、何とかX先生を助けるには、これ以外の方法は思いつかなかったので、お許し願いたいと思います。
敬具
10月16日
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