クリスマスのコントも書いたし、今度は時節柄、忘年会の話をしよう。私はとても顔が狭いので、今年も忘年会は、ただ1件、自治医大精神科のもののみである。12月16日火曜日、私はクリニックを休診にして、これに参加した。会場は宇都宮東部ホテルの、結婚式にも使える大宴会場である。7人ぐらい坐れる円卓が10個以上並んでいたから、総勢100人ぐらいはいたのだろうか。昔、私が在籍していたころの宮本忠雄教授の時代には、もっと、はるかにこじんまりした規模だったから、現加藤敏教授は、何という驚くべき手腕の持ち主だろうと、改めて感嘆させられる。これはもちろん、加藤教授の超人的なエネルギーのたまものであろうが、今にして思うと、彼には若いころから、こうしたオルガナイザーとしての卓越した才能があった。多くの人と積極的に関わり、共に研究していこうという意欲が盛んだったのである。これは研究者の代表的なパターンの一つで、20世紀前半の量子論の巨大な牽引車となったニールス・ボーアがこのタイプであったろう。一方、孤独な分裂気質者のアインシュタインは、あくまでも、一人で道を切り開くスタイルを守った。故宮本教授も、やはり後者のタイプであったろう。宮本教授と加藤教授の学問的な業績の比較は、時代も違うので、にわかには結論が出ないが、少くとも、現世的、政治的な能力においては、弟子は師を大きく乗り越えたと言えるだろう。
会は加藤教授の格調高いあいさつで始まった。彼は今年の彼のキーワード、hospitality歓待の概念を強調した。これは私が以前のブログ「いゃ~ん、ばカント!」で触れた彼の講演の中の中心概念であり、患者さんの入院をお客様のおもてなしと考えるというような、人道的な色彩の強い考え方である。もちろん、私に大きな異論のあるはずもない。加藤教授はもう一つ、確かレジアンスという概念についても語っていた。この言葉は、手近な英語やフランス語の辞書に載っていないが、たとえば、うつ病等にかかることへの抵抗力のようなものであるらしい。教授は大不況が始まりつつある現代日本の社会情勢の中、リストラが原因と思われるうつ病の患者さんが来院しはじめており、この動きは今後、激化するであろうと予測し、アメリカのオバマ大統領への期待であいさつを締め括った。私は後で、彼のオバマ政権についての見通しを聞こうと思ったのだが、ついうっかりして、聞きそびれてしまった。加藤教授のスピーチは、彼がペーペーの駆け出しのころから聞いているが、さすがに教授として君臨する昨今は、大分風格が増してきたように思われる。われわれの位置を確認する座標軸、灯台のようなものものとして、傾聴に値するであろう。もちろん、彼が教室員一同の尊敬の眼差を一身に集めていたことは、わがことのようにうれしかった。
さて、私は最初の行きがかりで、加藤教授の隣に坐ったはいいが、ここに師長は来る、健康保険センターの高野教授は来る、西島准教授は来るで(二人とも私の自治医大精神科の後輩)、後から、あそこが一番の上席だったと冷や汗をかいた。クリニックの院長たちが一堂に会しているテーブルは、遠くにあったのである。
私が今回の忘年会に参加するにあたって、一番興味を持っていたことは、教室の若い先生たちが、どの程度私のブログを読んでくれているかということであった。西島准教授は会うそうそう、ブログ読んでますよと好意的な対応で、他にも二人の若い先生が読んでいると言ってくれたが(その中の一人は私の治療方針にならって、SSRIを極力使わないとのことだった)、予想よりは、はるかに少かった。
ここで急いでつけ加えておくと、料理は中華のコースが出たのだが、これはとてもおいしく、私はスピーチの前に、ビールとワインで、大分出来上がってしまった。(12月21日)
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